今夜の新宿のお話

「今夜の新宿のお話」は、新宿バイリンガルトーストマスターズクラブ独自の役割です。アサインされた会員は新宿にまつわる話を3分前後でスピーチします。新宿に関することであれば何でもかまいません。おすすめのお店でも、新宿での個人的な思い出話でも、新宿についてのうんちくでもなんでもありです。ただし事前に原稿を用意することが求められます。ここに投稿されている記事はそのスピーチ原稿になります。例会のスピーチの雰囲気を少しでも感じ取っていただけたらと思います。

2018/09/6 at 第191回例会 by I藤

2018/09/21 1:51 に Couichi Hashimoto が投稿   [ 2018/09/21 21:06 に更新しました ]

For those who don’t know what it is, Tonight’s Shinjuku is a kind of informal/ice-breaker speech at the beginning of the meeting and one of us is supposed to talk about our own memory or what we researched about this town – Shinjuku. For today, let me talk about my memory about Shinjuku. 
In my college days, I was a part of choir / chorus group. Our club used to hold annual concert once a year at Tokyo Kosei Nenkin Kaikan - one of the largest music hall in Tokyo at that time. 
Pic of Kosei Nenkin Kaikan

The capacity was more 2000 sheets. I was on the stage of this hall when I was a student from 1996 to 1999. Unfortunately the hall became old and has been closed in 2010. After that, the place was sold to private and the building itself was replaced by museum, apartment and office buildings. 
Pic of inside of Kosei Nenkin Kaikan

Our club was coached and conducted by this person – Ryosuke Hatanaka. Hatanaka-sensei had been our conduct since 1960, which is before I was born actually. Sensei has been our coach for more than 50 years. I learned a lot from him. 
In 2012, Sensei got 90 years old and decided to step out from our conductor. 
Pic of Hatanaka-sensei

We wanted to hold his last concert somewhere in Shinjuku but Tokyo Kosei Nenkin Kaikan was already closed. Then we had the concert here – Shinjuku Bunka Center - what a coincidence! – we have the first meeting today! Thank you, Watanabe-san, for nominating me! 
pic of shinjuku bunka center

Of course, I was already graduated from the college then but old students gathered then and had a performance together with current members. It is sad that, soon after the concert, Sensei has passed away. But the last performance we did at that time – we performed “grand march” from opera “Tanhauser” – was quite memorable moment. 
Thank you, Toastmasters. 
pic of inside shinjuku bunka hall

YouTube 動画



2018/08/16 第190回例会 by W辺

2018/09/21 1:40 に Couichi Hashimoto が投稿

皆さんこんばんは。前回は東京生まれのS本さんによる都会人から見た新宿のお話でしたが、今回僕は地方出身の田舎者から見た新宿の話をしたいと思います。
 僕が新宿に上京したのはおよそ30年前の昭和の時代です。それまでは仙台の片田舎、大学院の研究室で地味な研究に没頭していましたが、新宿に本社のある食品会社に就職が決まり、中学の修学旅行以来、初めて上京したんです。
最初は電車の乗り方がよく分からず、「東京駅から山手線に乗ればそのうち新宿に着くから」という言葉を頼りに移動。会社のあった新宿新南口は今ほど栄えておらず、ビール会社の荷捌所や連れ込み旅館、貨物引込線の広場には、ミュージカルキャッツの大きなテントが一時的に設置されたりして、歌舞伎町ほどの賑わいはなく、何となくのんびりとした印象でした。
 会社では4/1に入社式があり、修士卒で年長者という事だけで新入社員総代となり、社長への答辞のスピーチ、足が震えたのを覚えています。答辞の原稿を作る時にいろいろ考え、製粉会社にちなみ「身を粉にして働きます!」と答辞のスピーチを締めくくりました。まあよく出来たほうかなと思っていたところ、「毎年これ、言うんだよねー」と先輩に言われ、思い出すと今でも恥ずかしいような酸っぱい気持ちになります。甲州街道沿いの南口北側には、会社の人達が行きつけの安い居酒屋があり、相席の狭い部屋に入ると誰かが必ずキープしている焼酎と冷奴でいろんな話をしました。トトロに似た大将は、席が空いていると店先で黙って「おいでおいで」をする。すると引き寄せられるように満席になるのが不思議でした。大将、かなりメタボだったけど元気かな。今の新宿新南口は高島屋やニュウマン、バスタ新宿ができ若者向けのクールな街並みに変わり、歩く人達のスピードも30%増しで気ぜわしい気がします。でも、高速バスから降りてきた地方出身者(おそらく)を見ると昔の自分を見るようななつかしさも感じます。

2018/08/2 「私の新宿」第189回例会 by S本

2018/09/21 1:36 に Couichi Hashimoto が投稿   [ 2018/09/21 1:36 に更新しました ]

私は東京の郊外で生まれ育ちました。
しかし子供にとって都心はとても巨大に思えました。
その中でも新宿は大人になる為の、青春の門のような存在でした。
池袋や渋谷と違って、そこは巨大な夜の大人の街だったからです。

私たちが18歳になると免許を取り、親の車でドライブするようになりました。
その行き先は、湘南の事もありました。
しかし圧倒的に多かったのは、夜の新宿でした。
そしてディスコに行き、タバコを吸い、酒を飲み、大人の真似をしたのです。
新宿に行く度に、私たちは子供から、大人に変わって行く気がしたのです。

しかし暫くすると私達は新宿を超え、もっと東京の奥へ行く事になりました。
六本木、麻布、青山、ベイエリア。
新宿はもう、卒業した気になっていました。


それから何十年も、新宿には行きませんでした。
しかし5年前、ある日私はケータイで話し方教室を探していました。
そして見つけたのが、新宿バイリンガルTMC。

ところが次の例会がまさに、今日だったのです。
当時あのコマーシャルが流行っていました。
「いつやるの、今でしょ」
そして私は新宿にまた戻ってきたのです。

毎月2回、一度も休まずに訪問しました。
しかしそれで飽き足らず、私は他にも3つのクラブに入会しました。
新宿を超え、もっと東京の奥へ行く事になりました。
飯田橋、青山、池袋、そしてコンテスト。
新宿はもう、卒業した気になっていました。


でも仕事の都合で、トーストの活動を縮小しなければならなくなりました。
そして少しづつ退会して、結局はまた、新宿バイリンガルだけになったのです。
そして今日から私達はまた、新宿の街に戻ってきました。
今後は二次会も新宿になるでしょう。


いつも新宿は私の最初の関門でした。
新宿にきて、新宿を乗り越え、新宿を離れ、そしてまた新宿に戻るのです。

新宿は世界一の都市東京の、世界一の街です。
だからここに世界一のクラブを作りましょう。

2018/07/19 "The foundation of Shinjuku" 第188回例会 by H本

2018/09/20 20:54 に Couichi Hashimoto が投稿   [ 2018/09/21 1:33 に更新しました ]

「新宿」

if you have to translate it into English, how would you translate it?

「新」 is easy. "new" right? But how about 「宿」?

a hotel?

NEW HOTEL? 

That's not far from what it is, but I would choose "station" for 「宿」 instead.

Because Shinjuku was originally created for a sort of a relay-station, placed in between Nihonbashi and Takaido on the Koshu kaido.

Shinjuku was created by Tokugawa shogunate. But do you know that the original idea came from somewhere else.

There was a guy who petitioned to create a new station in between Nihonbashi and Takaido.

His name was Kihei Takamatsu, a mere merchant from Asakusa.

He raised 5600 ryo, roughly ten million dollars in the current value, to make the NEW STATION reality.

He practically founded Shinjuku.

320 years ago, Shinjuku was nothing but a bunch of Samurai houses.

Now, it is one of the largest cities in the world, filled with skyscrapers.

More than 3.5 million passengers use Shinjuku station every day.

Just a one man's idea changed the surface of the world.

Hats off to Mr. Takamatsu for giving us the NEW STATION 新宿!

Long live Shinjuku! 

And along with it, long live Shinjuku Bilingual Toastmasters Club!

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